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東京国際映画祭レポート~吉野竜平監督『スプリング、ハズ、カム』について

ご無沙汰しております。

東京国際映画祭について何か記事を書いてくれと藤村プロデューサーに命じられたので、久しぶりに書きます。

自分の作品についてはインタビュー等の機会にちょくちょく話してきたので(映画祭に参加させていただくこと自体の所感も含めて)、改めてここで書くのはよそうと思います。
ということで、去年はそれこそ『走れ、絶望に追いつかれない速さで』の撮影と映画祭が被っていて、1本も出品作品を見られなかったのですが、今年は幾つかの作品を拝見できたので、その中で特に忘れえぬ一本になった作品について少々書かせていただこうと思います。

題名は『スプリング、ハズ、カム』。自分以外の作品のラインナップを知った当初から気にしていた作品でした。

気にしていた理由は主に二つ。

まず、吉野監督の前作『あかぼし』が個人的にかなり好きな作品であったこと。

二つ目は個人的な理由なんですが、3年前から企画していて、既に映画祭などパブリックな場でも公言している自分の新作企画『春になったら私は』と題名が似ていること(この場でパクリじゃないよ!アピールをしておきます笑)。当然、内容は全く違うものでしょうが、この題名をつけるということはそこで描かれる、落とし所となるエモーションというか詩情みたいなものにはある程度の近似はあるのかな、なんて思っていたり。でも、もしあんまり似ていたら見てしまう以上、そこは外していかなきゃならないのか、それは面倒だな、なんて心配してみたり。笑 (因みに井川広太郎監督の『東京失格』を見たことが『走れ~』の当初のシナリオを変える理由の一つになった、なんてこともありました。この話はまたいずれ)

で、この映画、内容は「広島から東京に出てきた女の子が、男手一つで育ててくれたお父さんと一緒にアパート探しをする1日の物語」というシンプルなもので、実際にそのプロットを裏切ることなく進んでいきます。いい意味でこじんまりしていて、斬新な感じはないのですが、個人的には不思議な手触りを覚える作品でした。

吉野監督は気楽に見てくれればって仰っていましたし、僕も気楽に見に行ったつもりだし、見終わってしばらくの時間は気楽な気分でしたが、数時間経つとだんだんあの世界の豊かさみたいなものを恋しく思い始めるわけです。その恋しさみたいなものが、翻って現在の自分が既に失ってしまったかもしれない、世界の広がりに対する驚きや素直な好奇心みたいなものを思い出させてくれます。
7年前くらいなのかな、僕は大学に入学した時、地方から出てきたあんな女の子に恋をしたな、その時の何某ちゃんはこの映画における石井杏奈さんのような眼差しだったな、いや、もしかしたら僕自身もそんな目をしてたんじゃないかな、なんて風にちゃんと感傷に浸らせてくれます。
ではこの映画はそういう感傷に浸るだけの優しく切ないコメディなだけなのか、っていうと意外にそれだけではないんじゃないか、といいたくなってみたりもします。
この映画って、一見とても狭い世界を描いてるように見えて、実はその裏にある世界の広がりとか多様性を描いてるのではないかと。
しかも、その広がりや多様性のようなものを、とてつもなく優しく軽快なタッチで描いています。確かにそこに派手さはないかもしれませんが、そこで描かれている世界(散々この言葉を使ってますが、自分の外にある社会的な広がりというイメージで使っています)の豊かさ、それを発見できるまだ新しいヒロインの眼差し、そういったものの一つずつは確かに描かれるに値するものだと感じました。

ではそんな難しいことを可能にしている一つの大きな要因は何なのか、というとキャスティングの妙にあるのかもしれません。落語家である喬太郎師匠、E-girlsで活躍されている石井杏奈さん、声優の朴さん(『あかぼし』の時とは違う、しかし確かな存在感と説得力!)、並びの新鮮さがそもそも新鮮。各々の魅力、瑞々しさがやはり出てるな、だからこそ成立してる映画だな、と思いました。いい意味で固さがないというのかな。特に石井杏奈さんは…素晴らしかったです。全体的にお芝居のくさみが出そうな箇所が随所にあっても石井さんの存在感によってそこを見事に回避できているように思いました。存在を消しながらも出せる、完璧な在り方、一つの理想を僕は石井さんの中に見出すことができました。

この文章を昼下がりの小田急線下りの各駅停車、ガラガラの車内で書いています。そろそろ物語の舞台になった祖師ヶ谷大蔵に着きそうで。ふと石井さん演じるヒロインが電車に乗ってきそうな、そんな柔らかな実在感。

多分、この石井杏奈さんという方は将来凄い女優になる素質があるんだと思います。彼女を見るだけでも一見の価値はおおありかと。

僕自身、生まれも育ちも小田急線、祖師ヶ谷大蔵のあたりは思い出も多く、大学に入って恋をした女の子は地方から出て来た子だったり、そんなこんな個人的な思い入れ要素も多分にあるのでしょうが、公開になりましたら、皆様も是非是非!

僕はこの映画を観た後から感じ続けている胸の痛みの在り方を探してふらふら祖師ヶ谷大蔵でも散歩してみます(暇人ですみません。笑)

中川龍太郎