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「物語」を考える(1) 〜「物語」は死んだのか?〜

「大きな物語」の終焉?

 「大きな物語」とは、フランスの哲学者ジャン=フランソワ・リオタールが、その著書『ポストモダンの条件』[1]で提唱した言葉です。科学が著しく発展した近代においては、善悪を基礎付けるような知の体系としての哲学あるいは歴史観が、その正当化のためにまさに時代を覆う「大きな物語」として利用されてきました。たとえば「理性による人類の進歩」や「科学による解放」、「労働者階級の解放」、「経済成長による幸福」といったものです。しかし私たちが生きるポストモダンの世界では、そんな「大きな物語」としての哲学は力を失い、「大きな物語の終焉」を迎えているとリオタールは言います。

 リオタールは、近代的理性を正当化するための「大きな物語」を批判することで、近代そのものをも批判しました。しかし私たちに「物語」を捨てる事は可能でしょうか?神話や叙事詩、寓話の存在は、私たちが古くから「物語」を必要としてきた事を示しています。まさに近代的理性の極地とも呼べるAI時代を生きている、そして生きていく私たちにとって、いくら「大きな物語」が「終焉」を迎えていたとしても、「物語」を捨てる事は可能でしょうか?皮肉にも、生成AIの登場によって、近代的理性が「物語」をもはや自己生成するようになってきています。今、「物語」が大きく見直される時代になったと言わざるを得ません。

「物語」は死んだのか

 近代以降、つまり「大きな物語」が繁栄し、崩壊していく過程で、私たちはこれまでの共同体的生活から急速に個人化を進めていきました。ある意味で個人化によって起こった「根無草」化、これを乗り越えるために「大きな物語」は必要とされた、と考えることができます。しかしインターネットやSNSなどの新たなメディアの登場により、ポストモダンは全く別の、極めて「個人化された共同体的生活」とも言える生活様式を生み出し、そうして「大きな物語」は捨てられました。確かにリオタールの指す「大きな物語」と普遍的な「物語」の定義には違いがあります。しかしそれは他者と共有する一つの「物語」という点では共通しています。さて、ではそんな「物語」は死んでしまったでしょうか?

 それはあり得ません。そしてまた、「物語」を捨てること、これもまた難しいと言わざるを得ません。ポストモダンを生きる私たちにも「物語」は必要です。『サピエンス全史』[2]を書いたユヴァル・ノア・ハラリはその中で、人間は「虚構」を語り、それを集団で共有できたからこそ動物の中で特別な存在になったのだと言います。人々を納得させる「物語」を創ることは極めて難しい事であるのは、これまでの歴史が証明してくれています。しかし一度共通の「物語」が生み出されれば、それはとてつもない力を発揮する事になる、神話や叙事詩、童話の存在がそれを教えてくれます。人間はその根底から「物語」と共にあった存在なのです。そしてそれは何も人文科学だけに限った事でなく、人間の生活全てに密接に結びついたものであるはずです。

ストーリーテリングと経済

 第二次世界大戦後、アメリカは世界の覇権を、そして経済様式(資本主義と社会主義)をめぐって、ソ連と冷戦を繰り広げました。私たちが今当たり前のように受容しているアメリカ=資本主義は、どのようにして社会主義との戦争を有利に推し進め、世界の王者(?)となったのでしょうか。ここでこの議論に深く立ち入ることは避けますが、しかしこうした資本主義を広めていく過程でアメリカがとった方法に興味深い事例があります。それはアメリカの幸せな中産階級家庭の生活を描いたドラマや雑誌、映画を新興国や第三世界に見せた、という事です。資本主義の豊かさ、自由さを「物語」にすることで強く宣伝しました。現代社会の経済の根底にある動機に、こうしたストーリーテリングが影響を与えていたことは一考に値します。

 当然企業の経済成長にとっても「物語」の存在は必須であり、ビジネス界でも重要な経営戦略としてストーリーテリングが語られ始めるなど、その重要性はますます増してきています。例えばWEF(世界経済フォーラム)の2025年の記事においては、

「急速な技術革新、経済の不安定さ、そして変化する消費者の期待によって特徴づけられる激動の時代において、ストーリーテリングは、あらゆる企業の成功にとって最も重要なオーディエンス、すなわち消費者、従業員、株主を引き付けるために不可欠なものとなっています。」[3]

とあるように、今後の激動の時代の中でのストーリーテリングの重要性が強調されています。「大きな物語」を失い、自身の判断の正当化の作業を自分自身で行わなければいけなくなっている人々にとってみれば、ユニークなストーリーテリングの存在は、企業や行政、その他様々な団体の大きな魅力になりえます。

「物語」を考える

 もちろん上述の大文字の「物語」以外にも、文学、映画、音楽、詩、演劇…様々な方法で私たちは「物語」を紡ぎ、そして楽しんできました。本ジャーナルでは、これまでの世界の様々なストーリーテリングを皆さんと共に学び、そして目まぐるしく代わっていく社会で「物語」を戦略的に応用する術を得る事を目指していきます。「大きな物語」の後で、私たちは今、どのような「物語」に魅力を感じるのでしょうか。映画製作の豊富な経験を持ち、現代社会をストーリーテリングの力で切り拓いてきたTNCだからこそ持てる視点で、「物語」を考えていきたいと思います。(TNC川口)

TNC Journal 260703


[1] ジャン=フランソワ・リオタール『ポストモダンの条件―知・社会・言語ゲーム』小林康夫訳、水声社、1986年。 https://www.amazon.co.jp

[2] ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史―文明の構造と人類の幸福』柴田裕之訳、河出書房新社、2016年。 https://www.amazon.co.jp

[3] Mindy Grossman, “Why storytelling is the key to success in the disruption era,” World Economic Forum, January 7, 2025. https://www.weforum.org